2014年1月14日火曜日

小教理クラス

本日は昨年のクリスマスに堅信礼を受けられた方と、小教理の学びを行いました。
今日の箇所は、十のいましめの「殺してはならない」と「姦淫してはならない」の二つ。
どちらの戒めも、守っているようで実は守れていない罪であることを学ばされます。

マタイ5:21 「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。
5:22 しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。

5:27 「あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。
5:28 しかし、わたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである。
5:29 もし、右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に投げ込まれない方がましである。
5:30 もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切り取って捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に落ちない方がましである。」

イエス様がここで仰せられたことをそのまま受け止めるなら、この世界には、罪を犯したことのない人など一人もいないことがわかるはずです。
そして、それゆえ、イエス様は私たち罪人のために身代わりとなって十字架で死んでくださいました。

罪を自覚することで、イエス様の十字架の必要性がわかります。
だから小教理の学びは大切なのですね。