2014年3月20日木曜日

家庭集会

今日は家庭集会の日でした。
月替わりで司会を交代でしているため、今月は牧師のメッセージの日でした。

聖書の箇所は1コリント1章18節以下から。

1コリント1:18 十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。
1:19 それは、こう書いてあるからです。「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さを意味のないものにする。」
1:20 知恵のある人はどこにいる。学者はどこにいる。この世の論客はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものにされたではないか。
1:21 世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。
1:22 ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、
1:23 わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、
1:24 ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。
1:25 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。

聖書には、神御自身が人の姿を取り、しかも十字架にかけて殺されるという方法で人を救おうとされたと書かれています。
普通の人間が考えれば、これほど愚かなことはないでしょう。
しかし、神は、そのような愚かな方法で、しかも、愚かな私たちを救おうとされたのです。
ここに計り知ることのできない、神の深い愛を見ることができるのです。

神の愛とは、この世の知恵では理解できないものでしょう。


本日のおやつ。
同じ十字架でも、白十字のシュークリームとバターケーキ。
これを見ただけで、何もかも忘れてしまいそうです。
おいしいスイーツの前でも、人はみな愚かになれますね。笑